ヤマヨテクスタイルの想い

使う身になって物を創る

1: お客様を大切にする / 2: 人(社員)を大切にする / 3: 社會に貢獻できる企業にする

社長挨拶

山下社長

衣服というものには、暖かさや著心地といった機能的要素もありますが、一方で一人ひとりが個性を表現する手段でもあります。

常に相手の立場に立ってものづくりをするという理念のもと、機能性とファッション性を兼ね備えた新しい生地を市場に提供し続けることが、私たちの使命です。

そのために當社では、歴史と伝統に培われた技術者が新舊様々な編機に工夫を加え、未だかつて誰も創ったことのない生地の開発に挑戦しています。

「無理を承知で無理をせよ」というのが當社の考え方です。
技術的に無理だと思われるものにも挑み続け、常に世の中にない新しい生地を生み出していく。

その追究こそが、當社の永遠の目標です。

山下郁夫

和歌山とニット

明治42年、和歌山市(第1事業部所在地)から行商に出ていた人々が、各地の産業の中から當時「メリヤス」と呼ばれていたニットの將來性を見出し、この地に丸編機を設置したのが始まりです。

大正末期には鉄道ができ、大阪の紡績工場や染工場と直結したことで、全國第1位の生産地となりました。現在も、和歌山は丸編ニット生地の生産量全國1位で、約4割のシェアを誇ります。

「メリヤス」の語源は“靴下”などを意味するポルトガル語の“meias(メイアシュ)”やスペイン語の“medias(メディアス)”といわれ、伸び縮み自由で大小いずれにも使用できることから「莫大小」の漢字があてられました。

昭和30年ごろからは英語で“編むこと”を意味する“Knit(ニット)”という言葉が使われ始め、現在では「ニット」が一般的になりました。

和歌山とニット01

和歌山とニット02

和歌山とニット03

和歌山とニット04

ヤマヨテクスタイルがある風景

和歌山の地は日本最古の観光地の一つとして、雄大な自然景観と溫泉をはじめとする癒し空間、そして豊かな食材で人々を魅了してきました。

その歴史は古く、『日本書紀』には、時の天皇が牟婁の湯(白浜溫泉)で湯あみしたことが記され、院政期には皇族や貴族が魂の復活再生を求めて熊野詣に勤しみました。2004年には、この地域が「紀伊山地の霊場と參詣道」として世界遺産に登録されています。

中世以降は熊野、高野山、西國三十三箇所(粉河寺?紀三井寺?青岸渡寺)などの聖地をめぐる旅に多くの人々を誘いました。

古代より多くの人を迎え入れてきたここ和歌山には、開放的で人と人とのつながりを大切にする風土が培われてきました。
その一方で太平洋にひらかれた地形は、常に新しいものに目を向ける進取の気質を育んできました。

ヤマヨテクスタイルはこの地を、人材育成と商品開発の「秘密基地」 としてきたのです。

Shirarahama Beach

Engetsu Islet

Daimonzaka,Kumano Kodo Street

Wakayama Castle

Kimiidera Temple

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